芳村: ファッションモデルという仕事が、私にとってよかったのは、全く新しい時代の仕事ですよね。そこには、今思うと、異分野の人だらけが集まっていたでしょ。だって、カメラマンっていうのも、あのころまだ新しい職業だったでしょう。デザイナーもそうよね。
並木: それからテレビという新しい分野でも、真理さんはひっぱりだこになりましたよね。
芳村: それもね、タイミングがよかったというか、要するにだれも先輩がいない世界に真っ白な気持ちで飛び込んでいったのよ。
並木: それまでは、真理さんはモデルであり、映画にも数多く出ていらした。女優さんとしても活躍していましたよね。
芳村: ええ、そうです。当時は、あんな電気紙芝居なんかに女優なんか出ちゃいけないよっていう五社協定があった時代。そのときに、「だれかテレビでいろんなことをやる人がいないか」といわれて、モデルでもあり、女優でもあった私たちがニイッと笑って、「ここにいますよ!」っていったわけですよ。
並木: いろんな意味でそれまでの価値観が大きく崩れていった時代…。
芳村: そうそう。今の時代ととても似ている。私は偶然もあってラッキーだったのかもしれない。
並木: 偶然というけど、真理さんは身体のどこかに時代のニーズとか、流れとかというのを、ぴんぴんって感じるようなアンテナがあるんでしょうね。
芳村: それと、恐れを知らない行動力ね。でも、テレビの世界でも、周りがとってもサポートしてくれたのよ。失敗したことは、みんな周りの大人が責任とってくれて。だから、やっぱり、時代というのは、すごかったの。
並木: 有名な長寿番組の「夜のヒットスタジオ」は音楽をベースにいろんな夢を与えてくれました。金曜日の夜はみんな茶の間で〈歌と真理さんのファッションの世界〉に酔いしれた。
芳村: いろんなことにチャレンジしてみたのね、番組の中で。22年間続けたんですものね。相手の男性の司会者は何人も変わったのよ。前田武彦さん、井上順さん、古館伊知郎さん、などなど。 
並木: 真理さんは、年代とか、肩書きとか、地位とか、そういうことにとらわれないですよね。だれの話でも聞くし。新人の歌手の方たちなんか真理さんにずいぶん助けられたそうですね。
芳村: だって、初めてテレビで歌う新人はもうそれはそれは緊張しているのよ。レコード会社の全てを背負っているというか、大変なプレッシャーなんですよ。その気持ちをいかにほぐし、一番良いところを出してあげようかとずいぶん気を使いました。
並木: あの番組をお辞めになるということは視聴者には「突然……」と思われたけれど、真理さんの中では熟知たるものがあったんですか。
芳村: そんな、たいそうなもんじゃないのよ。もう20年以上も精一杯やったしこのへんで休みたいな、もう充分やったなという気分でした。
並木: 迷いはなかったんですか。輝かしいキャリアを捨てるというような思いは?
芳村: 自分にはぜんぜんありませんでした。回りのごく親しいプロデューサーやディレクターに話してもだーれも信じないのよ。でも、私は出演する歌手たちとも少しギャップが出来たかなと思っていた。特に、ジャニーズグループの〈光GENJI〉が出てきて、本番前に「ちわ〜、よろしくおねがいしま〜す」って挨拶されたときに、「あ、これはもう私の世界ではないわ
…やめよう」と決めたの。
並木: 〈光GENJI〉が真理さんを引退させたということですか?